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骨髄バンク設立、さい帯血バンク設立と長年にわたる地道な運動のなかで、何回も官僚や制度の壁にぶつかり、アテにならない政治家の姿もたくさん見てきた有田さん。 かたや「主婦の実感こそが政治の原点。生活者の声を政治に届けるのが私の使命」と語る高木さん。全国の主婦の代表を自認している公明党の衆議院議員です。 現実の生活に足場を起き、けっして浮き上がらないお二人のお話はどこまでも弾み。政治のウソや政治家の権威の仮面をズバズバ剥ぎとって、本来あるべき政治の姿をあぶり出してくれました。
高木 さい帯血移植が、もう2000症例を越えたそうですね。 有田 はい。公明党のみなさんの協力によって公的さい帯血バンクができ、移植への健康保険の適用も勝ち取ることができました。そのお陰で、本当にたくさんの生命が助かっています。 高木 ひとつの命を大切にするのが政治本来の使命ですものね。 有田 本当にそう思います。さい帯血の運動を通して公明党と出会うことによって、“政治が人の生命を救う”ということを見た思いがしました。私、本当に政治に対する思いが変わりました。 高木 どんなふうに、ですか? 有田 私、ずっと政治というのは利権がらみのウサン臭いものだ思っていたんです(笑)。それで、政治に利用されても困るし、できるだ政治には近づかないでおこうと、市民の手だけでボランティア運動を続けてきたんです。 高木 じゃ、公明の浜四津が、さい帯血バンク設立運動の協力をしたいと申し出たときもウサン臭いなと思ったんですか(笑)? 有田 そこまでは思いませんでしたが、最初は勝手にどうぞって感じでしたね。もし何か利権めいたことを要求してきたら、そこで離れようと思っていたんです。でも、実際に一緒にやり出したら、驚きだらけでした。私たちと同じように真剣に生命を助けようという思いで、浜四津さん自らが署名のために街頭に立ってくださって……。“ワッこんな政党があるんや!”って感じでしたね。 高木 そういっていただけると、なんか嬉しいですね。
1952年に、福岡県北九州市に生まれる。比例区東京ブロック・衆議院議員。 大学進学を機に、上京。1期生として創価大学に学ぶ。 結婚後、娘2人の子育てに奮闘しながら、「世界、社会、政治に、子を育て、家庭を守る女性の視点が必要だ」と実感。 専門家や二世ばかりの政治家のなかで、03年、本当の主婦、母、生活者の代表として政治の世界へ。 「女性が輝いている社会は、生命と暮らしを守ることに通じる」との信念で、現在「不妊治療・生殖医療対策」プロジェクトチームや、党女性委員会では、女性の健康支援推進プロジェクトチームなど、多くの政策実現に奔走する。
1947年に、世界遺産の島でもある「屋久島」に生まれる。 高校時代、世界赤十字社を創設したアンリー・デュナンの生き方に共感を覚え、赤十字青年奉仕団の活動に参加し、自分のできる範囲の時間で献血の呼び掛けなどのボランティア活動を続けていた。ところが、80年。血液製剤に起因する薬害エイズ事件が起こったのをきっかけに、もっと人の生命を救うことに少しでも役に立つ活動をしようと決意。 白血病の患者さんたちと出会い骨髄バンク創設の運動を起こす。骨髄バンク設立後、より安全な医療を求めて、さい帯血移植の推進をし、今日に至る。 現在、日本さい帯血バンク支援ボランティアの会代表。98年、神戸新聞「社会賞」授賞。